口蹄疫と百姓貴族

先日、宮崎県にて猛威をふるっていた口蹄疫の「終息宣言」が出されました。

宮崎県はきのう、終息を宣言した。発生が確認されてから4カ月余りになる。
(中略)
感染は11市町に広がった。殺処分された牛や豚などは292カ所の約29万頭。県内の飼育頭数の25%を失った。県の試算では、畜産や観光も含めた損失額は2350億円に上る。
 
再び子牛が出荷できるには最低でも2年、産地の再興にはさらに時間がかかりそうだ。

【社説】口蹄疫の終息宣言 教訓生かし産地再興を - 中国新聞

先ずは疲労困憊しているであろう宮崎県の人達にお疲れ様と労いの言葉を、殺処分された家畜に黙祷を捧げます。
 
さて。今回の口蹄疫、色々と話題に事欠かず広域感染に伴う大量の殺処分とセンセーショナルな事態に発展した事もあって、ネット上では様々な情報・意見・暴論・妄想が飛び交っていました。現場の獣医師やジャーナリスト、農水省のお役人さん達がTwitter等で生々しい情報を発信する一方妄想陰謀電波ゆんゆんなデマも広範にぶちまけられ、高度情報社会に生きてる実感を新たにしたモノです。
中でもとりわけ異彩を放っていたのが、厚生労働医系技官という物々しい肩書きの木村盛世通称もりりんのツイート・ブログです。
もりりんがどういった情報を発信していたのかは以下のブログエントリーに詳しいですが、要するに殺処分は不要だとする主張ですね。
木村盛世氏のブログエントリー「口蹄疫問題を考える―危機管理の立場から―vol.4―」に対する指摘 - plecostomus1の日記
木村盛世医師と口蹄疫 - NATROMの日記
どちらも批判的に取り上げていますが、まあ私がもりりんには批判的なのでよろしくご寛恕下さい。なぜ批判的かと言うと、上のリンクをお読み頂ければわかるでしょうが、もりりんの主張が口蹄疫の本質を踏み外していると思うからです。
 
では、口蹄疫の本質とは何か。
それは、ユンケル口蹄疫というギャグの使い所が難しいこの病気の患畜産業動物だと言う事です。
 
口蹄疫には偶蹄類動物(家畜だと牛・豚・山羊等がこれに該当します)が感染し、人間に直接的な危険性はありません。野生動物への感染(鹿とか猪とか)も心配ですが、社会的な影響を考えるとやはり家畜に対する感染を最も恐れるべきでしょう。

口蹄疫による致死率は,幼畜では高率で時に50%を越えることがあるが,成畜では一般に低く数%程度である。しかし,ウイルスの伝染力が通常のウイルスに類を見ないほど激しく,加えて発病後に生じる発育障害,運動障害及び泌乳障害などによって家畜は産業動物としての価値を失うために,直接的な経済被害はきわめて大きいものとなる。
動衛研:総説 口蹄疫ウイルスと口蹄疫の病性について

大量殺処分に関して未だ批判的な向きもあるようですが。患畜産業動物である事を無視して例えば成獣の死亡率の低さを持ち出して批判してもなんの意味も持ちません。なぜなら産業動物とそれ以外の動物、ペットや人間では、命の価値の意味が違ってくるからです。
言うまでもありませんが。人間やペットの命は「かけがえのない大切な」価値を持ちます。コストや生産性で命の価値が上下する事はありませんし、あってはならない事です。……たまに上下するような事を言うクールぶって厨二性を暴露してるイタイ奴や努力教徒、現実教異端審問官も現れますが、そんな奴らには中指を立ててやればよろしい。
しかし。産業動物においては、その命の価値はコストと収益とで常にシビアに勘定されます。コストが収益を上回れば直ちに処分されるでしょう。
ですから、例え世界中に口蹄疫が蔓延し、清浄国という概念が無くなったとしても、口蹄疫にかかった牛・豚は処分される可能性が非常に高いでしょう……口蹄疫は彼らの価値を著しく減じるので。

百姓貴族の眼差し

百姓貴族というマンガがあります。

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)

百姓貴族 (1) (ウィングス・コミックス)

著者は荒川弘鋼の錬金術師。内容は

荒川弘を育んだ農地がここにある! 知られざる農家の実態を描いた、ウシ年最上級霜降りコミック・エッセイ登場!

大体こんなかんじ。例えるなら、シビアな『動物のお医者さんって所でしょうか。なお表紙や帯にいるホルスタイン著者近影です。それからもわかるとおり、作品全般にわたって乳とウ●コ牛への熱い想いが溢れています。
 
著者は酪農家で、牛をペットとして飼っているわけではありません。さっき「シビアな動物のお医者さん」と評しましたが、そのシビアな部分とはペットと家畜の違いを直視している視線にあります。

動物のお医者さん (4) (花とゆめCOMICS)

動物のお医者さん (4) (花とゆめCOMICS)

動物のお医者さん』でピヨちゃんが風邪(結局インフルエンザだった)をひいた時、漆原教授との間で
抗生物質をうったら喰えなくなるぞ」
「ピヨちゃんは喰うために飼ってるのではありません」
という会話がありました。
ピヨちゃんはペットで家族の「一員」なので、その命はプライスレスです。もちろん治療に喰えなくなるかどうかは関係ありません。最善を尽くして治してもらう事が、畜主の願いとなります。
しかし、家畜はそうではありません。
喰う目的で飼われているなら当然喰えなくなる治療はできません。その治療が最善であっても、です。利益を求めて飼育されている家畜、産業動物は、その命の価値をシビアに勘定されます。

これは著者が、生まれてから一度も立った事のない子牛を「珍しい症例だから引き取りたい」と獣医師に言われた直後のシーンです。
この子牛は生まれてから数週間の間、毎日朝晩みんなでマッサージや歩行訓練をして「大切に」育てられた子牛でした。
著者は悩みます。
引き取るとは実験動物にすると言う事で、あんな事やこんな事をされるわけです。でもそれで多くの命が助かるかもしれない。
もんもんと悩み、出した結論は
 
「研究用にはしないで下さい」
 
では、結局この子牛はどうなったか?

……その日のうちに、家畜処理場行きのトラックが手配され、連れて行かれました。立てない子牛には家畜としての価値が無く、一日でも飼っていればその分赤字が増えるから、です。
 
言うまでもなく、畜産家、酪農家にとって牛は産業動物です。生まれた時から収益とコストをシビアに比較されます。例えば乳牛なら、雄に生まれれば一部を除いて肉になります(国産牛として売られるらしい。そらそうだ)。雌でも、将来の収益を上回るような大怪我――例の子牛のような――を負えば処理されます。無事成熟しても、生産する乳は量や成分を厳しくチェックされ、年老いて生産量が下がれば「廃牛」に。
寿命を全うできない事が、生まれながらに決定されているのです。
 
当たり前の事ですが。
著者荒川さんを始め全国の畜産・酪農家が特別冷血とかいった事は断じてありません。彼らが家畜をそれこそ「家族のように」可愛がっている事も、私は一ミリも疑っていません。
しかし、家畜はペットではないし、家族そのものでもない。たとえ家族「同様」に可愛がられていたとしても、その命がプライスレスとは絶対に言えないのが、産業動物なのです。
 
 
百姓貴族を読んでいた御陰で、私は口蹄疫問題で余計な情報に惑わされずに問題を直視する事ができました。
もし、仮にこれを読んでいるあなたが、税金を投入し畜産家に多大な負担を与えてまで殺処分する事に違和感や疑問を感じているのなら。下と引用したリンクと共に、『百姓貴族』を読む事を強くお薦めします。

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