文学賞と政治性

 地下生活者の手遊び様で、こんなエントリーが上がっていました。非政治の政治性とムラカミハルキ。断らない限りはここからの引用です。ってシラッと書いてますが勿論お約束した今月初めの例の構造偽装エントリーのリベンジですよ。前回で流石に懲りたので、今回は最初にできるだけ問題点を例示しておこうと思います。

前回のエントリーの反省

 先ずはおさらい。以下私と地下猫さんのエントリーについては「(中略)」は省いてますが、ざっと編集しています。

僕にはさっぱり理解も共感も不可能なムラカミハルキが、イスラエルから文学賞をもらうんだって?
ふむふむ、僕にはムラカミハルキのブンガクは理解できにゃーので、僕にとってムラカミハルキという作家の判断は社会的・人道的なエピソードに依存せざるをえにゃーな。
僕の判断のありかたって、どっかおかしいだろか?

 おかしいだろか? と仰るなら、おかしくはないと思います。
 そもそも村上春樹の作家性や作品に即した評価を地下猫さんが強制される理由は何でしょうか。人を評価する軸は多くあっていい、村上春樹その人を評価するなら、当然他の評価軸もあり得るし、その一つが政治的な行動でも一向にかまわない。

 先のエントリーを要約するとこうなります。要するに「評価の軸は多様である」ということです。これ以外のことは言ってないのと同じ、って言うかむしろ忘れなさいよっ、と言うことです。
 この結論の独自性はともかく異を唱える人はいなさそうです。では、何故まっとう過ぎる主張を行ったエントリーがgdgdになってしまったのか。
 理由は簡単、この「評価の軸は多様」という自分で書いた言葉を、私自身が真に理解していなかったから、です。

読まないで判断して何がワリイ、と思ってはいますにゃ。
ただし
ムラカミハルキだから注目している、という側面は確かにありますにゃ。

科学にしろ文学にしろ、特権は認めてはならないけれど、固有性は認めざるをえないとはいえるわけで
そのあたりの切り分けが僕としてもきっちりできているとはとてもいえにゃーわけです。

 地下猫さんから頂いたこのコメントを読んで、私は精神的に吐血した訳ですがそれと同時に自分がどの部分で過ちを犯したのか気付きました。
 評価の軸は多様である――これは、様々な立場の人が様々な視点から評価する、と言うことではありません。少なくとも、それだけを意味してはいない。なぜなら、一人の人の中にも複数の評価軸が存在していて、それを一つの対象に向けることもまたあり得るからです。このことは私も認識していましたが、無意識のうちにその評価軸がきれいに分離可能であると思い込んでいました。それこそが私の誤解です。
 地下猫さんのコメントを読めばわかるように、評価軸はそれぞれ独立して存在するとは限らない。相互に影響し合うし、領域が定かでなかったり融合している場合さえあるでしょう。
 それなのに

もとから地下猫さんは村上春樹個人を注視している訳でもないように思います。村上春樹であることに必然性はハナからなかった。
要するに。地下猫さんにとって村上春樹は「著名人」だった、ということです。

と単一の視点から無自覚に切り取ったために、先のエントリーは一般論としては成立していても多くのモノを取りこぼしています。例えば村上春樹に対する地下猫さんの複雑なまなざしを掬い取れていない。
 過度に単純化している。これが前回のエントリーの反省点であると結論します。


 十分反省した所で、次のステップへ。
 地下猫さんのエントリーに限った話ではありませんが、村上春樹エルサレム賞受賞問題についてはざっくり二つの論点が見いだされます。一つは「文学賞を受賞する事の政治性」詳しく言うなら、政治にコミットしないことを宣言した人間が文学賞を受賞した際にその政治性を問われるべきか、という問題です。この問題においては個々の特有性、村上春樹エルサレム賞である必然性は薄いです。恐らく当初地下猫さんが言及しようとした問題点はこちらの方だと思います。もう一つは「村上春樹の作品の持つ政治性」について。地下猫さん曰く「【無徴】に受容された」文学とその作者の行動に対する特有の関心が源泉になっているようです。
最初に、「文学賞を受賞する事の政治性」について触れたいと思います。

文学賞と政治性

 この問題を見た限り一番シンプルに表現しているのが地下猫さんの次のコメントです。ムラカミハルキという作家への僕の判断が依存するもののコメント欄より。

「ワイドショー的な興味」だといっておこう!
◆カネも名声もある作家様が、人殺しに餌をもらって尻尾をふって帰ってくるかどうか
僕の興味の焦点はそのあたり

尚、お読みになればわかるかと思いますが、HNだせぇ氏のだせぇ煽りに対する返答的な意味合いもある事を老婆心ながら注記しておきます。
 上記のコメントにおいて、固有名詞は一切出てきません(ワイドショーは固有名詞かな?)。当然のことながら、「作家様」の作品はこの文脈において全く無関係です。問題になっているのは、「作家様」の振る舞いであってそれ以外ではない。
 言い換えるなら。これは文学賞という本来文学的であらねばならない物の受賞を政治の文脈で評価する、という宣言でもあります。イスラエルのやってきた行いを考えれば、またこれは地下猫さんではないですが、関連企業の不買運動を推奨してそこに春樹作品を加えるかもと示唆する行為を見ると、この評価は弾劾に限りなく近いニュアンスを有しています。
 この問題が論点たり得るのは、その「弾劾」を芸術・文化に対する圧力と受け取る人が一定数いるからではないでしょうか。例えばモスクワオリンピックの幻の代表団を「政治の犠牲になった可哀想なスポーツマン」と評価し(その評価は正当だと思いますが)、その姿と村上春樹を重ねている人たちとか。村上春樹が特定の政治状況にコミットしない作家(と、取り敢えずしておきます)であることも影響するでしょう。政治にコミットしないことを宣言している人が、本来文学上の業績で評価されるハズの文学賞を受賞した時、なぜかすこぶる政治的に弾劾される。これに理不尽を感じる人は、「人が嫌だって言ってることを何故するか」と考えるかもしれません。無断リンク禁止と全く同じ発想ですね。
 これらの批判は正当でしょうか? 残念ながら――というのは、人事のように語って来ましたが私自身上記の地下猫さんのコメントに違和感を感じ表明しているからですが――こと政治上の文脈で語るならば、それらの反論は意味を成しません。
 過ぎ去ろうとしない過去様のエントリー「政治」を「する」ことと「政治」で「ある」ことより引用します。

村上春樹の受賞問題や立命館の写真撤去問題もこれと同根である。「はてサ」を批判する人たちは、「はてサ」が「政治」に近づきたくない人たちを無理やり「政治」に近づけようとしていると見ている。しかし、(中略)「はてサ」あるいは「非・政治的」な人々がそう望もうと望むまいと、状況は既に「政治的」であるということである。
(中略)
「はてサ」が「観客席はない」と言うとき、たいていの場合は、「観客席から降りて闘技場に来い」という意味ではなく、「あのー、それ普通に闘技場の中なんですけど」という意味で使っていると考えてもらってよい。たとえば、村上春樹が問われているのは、政治的にふるまうか非・政治的にふるまうかでは無く、イスラエルによるパレスチナへの空爆という具体的状況にどう関わるかというあり方の問題である。サヨクはよく「政治的なもの」の忌避を批判するが、それは「政治的なもの」に寄ってこないことを批判しているのではなく―なぜならば、どのような態度を取ろうがすでに「政治的」なのだから―望もうが望むまいが現に存在する「政治的」状況にたいする「関わり方」のあり方として、「政治的なもの」を忌避するという態度を批判しているのである。

 現象として捉えるなら、村上春樹の受賞がアナウンスされたその瞬間から既に状況は政治的だった、いやそもそも政治的でない状況など存在しない、ということのようです。観客席の比喩で言うなら、村上春樹は客席からステージに無理矢理引っ張り出されたのではなく、最初からステージに既に立っていて、それがステージ中央に引っ張り出されただけだ、と言う認識ですね。この辺りの理路も実に無断リンク禁止問題と重なります。
 ニュアンスはやや異なりますが、地下猫さんもこの認識を共有されておいでのようです。

思想だの文学だのでメシを食っている者に、「降りる自由」はにゃーと僕は考えますにゃ。受賞拒否をしたら「降りる意思」があったということは認めますけどにゃ。

 前提条件を付けておられますが、作家に関しては政治的状況から「降りる自由」はない、と明確に答えられています。
 政治を無化することは社会的動物たる人間性を根本から否定することになります。芸術作品と一対一で向き合う時、そこに政治が踏み込めない領域が、場合によっては時代や倫理さえも超越する一瞬があるかもしれない。しかし、受容され評価されるうちに必ず政治的「にも」評価される。まして社会の大親分たる国家が授与する賞がショウで無い訳は無い訳で。後ろ姿の時雨れてゆくか……と分け入っても分け入っても青い山にでも身を沈めれば自身は政治と決別できるかもしれませんが、そうした所でその文学は政治的にも解釈されるだろうし、それを止めることはできません。
 逃げ場は最初から無いようです。村上春樹にも、私にも。

無徴の文学

 次に、村上春樹に特有の、あるいは彼の文学に特有の問題について。ですが……
 ごめんなさい、この後がエラク長くなってしまった上にまだ書き上がってないので、残りは明日にしたいと思います。ここからが本番だったんですが。
 度々お待たせして申し訳ありません。ゴメンなさいね。

追記 02/07
 タイトル変更して消したはずが二重投稿に……orz
消しました。混乱させてごめんなさい。