ドナーの負担について

 昨日は某エントリーにケリを付けるためお休みしましたが、更新を楽しみにしてらした読者様におかれましてはさぞかしご不満のことと存じます。これからもちょくちょくお休みする*1と思いますので予め言っておきますが皆様、ゴメンね♥
 さて。この話題は、折を見て小出しに少しずつ取り上げようと思っていたんですが、骨髄バンク骨髄移植に対して誤解を受けかねない表現、ハッキリ言うとデマゴーグを見つけてしまったので、最速で解毒する必要を感じました。取り急ぎ、ここに対抗言論を置いておこうと思います。

ドナーには多大な犠牲が強いられる?

 まずは、何はさておき毒を吸い出しましょう。問題の表現はこれです。

とはいえ、ドナーたちの善意は美しい。
 彼らは損得を全く考えずに、ただひたすら骨髄移植を待つ患者のために尽くす。
そこには多大な犠牲が強いられるが、彼らは決してそれを恐れない。
 ドナーが強いられる犠牲とは、
まず肉体的リスクと時間的負担、そして経済的な負担等々である。

 上記のドナーとは、骨髄バンクがコーディネートするドナーの事を指します。
 結論から言うなら、これはかなり大げさな表現です。日本骨髄バンク公式HPQ&Aから該当しそうな所をピックアップします。

Q. ドナー登録や骨髄採取のための入院にあたって、費用はかかりますか?

A. 骨髄提供のための検査費用、入院費といった費用などは一切かかりません。ただし、ドナー登録手続きの際の交通費は自己負担となります。

Q. 提供時の休業補償はありますか?

A. 善意にもとづく骨髄提供ですので、登録や提供の際に仕事を休まれても、休業補償はありません。なお、官公庁や一部の企業などで「骨髄ドナー特別休暇制度」を導入しているところもありますので、ご希望の方には証明書を発行いたします。

Q. 採取後の健康に対する影響はどんなものでしょうか?

A. 採取直後の症状は人によってさまざまですが、ドナーアンケートによれば採取翌日の軽微な症状は「38度以上の発熱」(14%)や「排尿時の痛み」(10%)などがあります。採取に伴う危険性は「ゼロ」ではありませんが、日本の骨髄バンクでは死亡事例は起きていません。骨髄採取にかかわる死亡例は過去に世界で 4例あり、日本では血縁者間移植に1例あります。発熱や血圧低下など軽微な合併症は数%起きており、骨髄バンクにおいて後遺障害保険が適用されたのは、これまでに6例あります。詳しくは「提供者のアンケート結果」をご覧ください。

 なお、最後のA中にある「死亡事例」については、ドナーがかなり高齢だったことが原因と見られています。それから、「後遺障害保険が適用された6例」は大半が腰・臀部の感覚麻痺です。この辺はその内改めて取り上げたいと思います。
 骨髄バンクにおいては、ドナーの健康が優先的に取り扱われます。これは極端に言うならドナーの健康が憂慮される事態になったら直ちに――結果、移植患者の命を危険にさらすことになっても――コーディネート・手術が打ち切られるという事です。個人的には健康と命なら命の方を優先しても……とも思いますが、移植推進を考えれば戦略的に正しい基準ではあるでしょう。結果として、本来問題にならないケースでも、大事を取ってドナーから外す、ということがあり得ます。
 休業補償が無いことと、2・3回検診を受け、移植入院を場合によっては一週間ほどしなければならない事を考えれば時間的負担はそれなりにあります。が、数字で判断するなら、肉体的「負担」というならまだしも「リスク」と言うほどの危険性は無いと言って良いでしょう。経済的な負担に関しても、最初のドナー登録を除けば移動費・医療保険料含め、患者が負担する金額はゼロです。プラスして、入院準備金として5000円が支払われます。
 どうでしょう。多大な犠牲と表現することの不当さがお解りになられましたでしょうか。

文章の元ネタ

 問題の文章は「笑む」という自称「「笑みのある健康な暮らし」に役立つ情報や話題を、
自由に、気軽に楽しく紹介していくサイト」の中にあるドナーたちの熱い思いと称するエントリーにありました。実際に移植をドナーとして体験された方の体験記を下敷きにしたもののようですが、

今まで、骨髄提供についてのいい面を多く書いてきた気がしますが、
やはり何の問題点もない、というわけにはいきませんでした。

ドナー体験をして、いくつかの問題点・疑問点を感じたので、
これらを挙げておきます。

まずは、やはりドナー側の負担はかなりのものだということ。
大きかったのは、時間的な負担と経済的な負担。
仕事を持っている人は特にそうです。
私も仕事を持っており、病院に行く時間にはすごく制限があります。
だけど、病院に行く時間はドナーの都合だけでは決められません。
(中略)
そして4,5日の入院。
これはもちろん仕事を休まなくてはなりません。
家族をも犠牲にします。
そして、休業補償などは何もありません。
入院準備金、として¥5,000を頂けるだけです。
もちろんそれだけでは足りず、入院に際してはそれなりの経済的負担を負いました。
私は有給がなかったので、その間の給料もなく、夫が失業中の我が家にとっては
ちょっと大変でした。
あとは病院までの往復の交通費が頂けるくらい。
この、「時間」と「経済」の負担は、それなりに覚悟しなければいけません。

身体的な負担も見過ごすわけにはいきません。
特に手術のあとはやはりきつい。
すぐに回復はするけど、それなりの痛みや苦痛は伴います。

 どうやら、この文章が上記の表現に化けた模様です。実際にご覧になればお解りかと思いますが、大人が拘束され、しかも曲がりなりにも手術(注射するだけですが)するのですからこれくらいの「負担」は想定できますし、当然この方、natsuさんも想定していました。natsuさんのサイト、見知らぬあなたへ 〜骨髄移植体験記〜を見ると、現在も骨髄バンクの推進活動をかなり積極的に行っているようです。こう言う方の文章を、多大な犠牲、リスクと書き直す行為は、私はアンフェアに感じます。

千島学説な中の人

 アンフェアに感じた理由はもう一つあります。

骨髄移植にはHLA型(白血球)の一致が求められるのだ。
(中略)
とにかく血液型というのは神秘なくらいに多様であって、
原理的には、人それぞれ(万人万様)。
だから「一致」を求めるのは非常に難しいことなのだ。

そしてこのこと自体が、骨髄移植の難しさを物語っている。
骨髄移植の血液型判定では、ドナー登録の際にHLA型の一部だけが登録され、
そのレベルで患者の血液型と一致したら、さらに深いレベルで分析が行われる。
そしてその上で最終決定されることになるのだが、
厳密に言えば「一致した」からといって「完全一致」をみたわけではないのである。

骨髄移植は千島博士の存命中にはまだ登場していなかったから、
千島はそれについては何も語っていない。
しかしもし千島が骨髄移植を知ったとしたら、間違いなく反対したことだろう。
というのも、血液の重要性を誰よりも良く知る千島は、
輸血にすら異議を唱えていたからだ。

 「笑む」の中の人は千島学説信奉者です。千島学説? なにそれ? という方は、なにはさておき千島学説(腸内造血説)に関するFAQをご覧下さい。こちらも参考になるでしょう幻影随想: 千島学説に突っ込んでみる1千島学説側の論拠に関しては千島学説を追試した論文(by 酒向猛)は存在した!?病原体は自然発生する!森下敬一@千島学説の業績においてNATROM先生が綺麗に潰しておられます。
 千島学説は別名腸内造血説とも言われます。(腰の)骨髄内の造血細胞を移植する骨髄移植はクリティカルに千島学説を否定します。その為、信奉者である中の人は骨髄移植の有効性を認める訳にはいきません。
 上記引用部は、骨髄移植の困難さを強調しようとして見事に自爆していますが(ブラッドタイプさえ合えば輸血は可能ですからね)、これからも解るように、このエントリー全体が骨髄移植に対するネガティブキャンぺーンになっています。実際にはこの前後により突っ込んだ移植批判エントリーが展開されるのですが、その内本腰入れて取り上げるかもしれません。今は取り敢えず、科学・医学に止まらず医師・バンク・ドナー、なにより患者自身をも愚弄する内容だ、とだけ言っておきます。
 「笑む」のこのエントリーでは、ドナーは大変な犠牲を払いながらも果敢に移植に望む善意溢れた人、と位置づけられています。この書き方にこそ、私は最大の矛盾を感じます。中の人は、再度言いますが千島学説信奉者です。彼らにとっては、骨髄移植など百害あって一利無しの暴挙のはずです。つまり、「多大な犠牲を払うドナー」は彼らに言わせれば「無知と偏見が生んだ被害者」であらねばならない。のんきに「日本も見捨てたものじゃないな」とか言ってる場合じゃないはずです。
 片方で、内心無駄と思いながらその行為の崇高さを歌い上げ、もう片方で課せられた負担を過大に表現してみせる。このやり口は、私は「アンフェア」だと思います。皆様はどうお感じになられましたでしょうか。
 地獄への道は善意で舗装されている――中の人が千島学説を心底信奉し、善意によって現代科学と医療を否定している様は、ニセ科学批判を行う者、少なくとも私にとって、何とも遣り切れない思いを抱かせます。
 彼もまた、ドナーや私たちをそう感じているのでしょうか。それなら、遣り切れなさはより募りますが、どこか救いがある。そう私は思います。

*1:実を言うとリンク切れ修正が一月分までしか終わってなかったり。今までで既に30ヶ所近くhtmlの後に/が……orz