ニセ科学「対策」

 皆様お久しぶり。もうすっかりご飯ブログと思われているのは別に良いんですが、そろそろ更新しないと存在そのものを忘れられそうです。*1ネタが無い訳じゃないんですが、週初めに書いてみたエントリーが思いの外難産でして、書いては消しのデススパイラルに陥ってしまいました。あーでもないコーでもないとうんうん唸っていると枕元(のDS)に千尋さんの亡霊が。
「発想を逆転させるの、なるほどみつどんくん」
 これは……天啓?(いいえ、逆転検事の予習です)。そう言う訳で、もういっそ心機一転で思いっきりシンプルに書いてみようと思います。

ニセ科学批判とニセ科学対策

 今月の初め、apjさんによるニセ科学まとめ ― Y.Amo(apj) LabがUPされ、各所で反響を呼びました。現在もブログ(Archives旧:「事象の地平線」)をはじめ活発な論議が為されています。
 ニセ科学のまとめとしてよく参照される(私もよくします)のがニセ科学批判まとめ %作成中ですが、apjさんいわく

 たかぎFさんの「ニセ科学批判まとめ%作成中」とちょっと違うまとめを試みた。

 一読した印象としては、より活動の具体に即した内容を目指しているように思います。が、最も目に着く「違い」は、タイトルから「批判」の文字が無くなった事でしょう。
 これはもちろん、単に誤植看板や字面の問題ではなく、apjさんの問題意識による意図的な「違い」です。実際、apjさんのまとめでは丸々一章費やし、「ニセ科学批判」とは何か として詳述されています。小見出しを並べてみると
 

 初出
 同語反復でしかない
 「ニセ科学批判」という行為は存在するか
 「ニセ科学批判」という括りを積極的に必要としたのは誰か
 なぜ「ニセ科学批判」という呼び方が出てきたのか
 「ニセ科学批判」を評価することの意味生じている混乱
 ニセ科学批判」には実体が無かった
 「ニセ科学批判の自己目的化」は起きたのか?
 

 かなり批判的に「ニセ科学批判」という言葉を取り上げている事が伺えます。
 

 apjさんの「ニセ科学批判」観は、Archivesの「ニセ科学批判」はワイルドカード入りだし、「ニセ科学(蔓延防止)対策」の1つの手段である に詳しいです。 内容はエントリータイトルがマンマ示していて、簡単にまとめさせて頂くと 

 ・やりたいこと(やらなくちゃいけないこと?)は「ニセ科学を批判すること」ではなくて「ニセ科学が世の中に蔓延するのを防ぐこと」である。つまり「ニセ科学蔓延防止対策」、短縮するなら「ニセ科学対策」。


 ・ニセ科学対策をする際には批判が伴うことがほとんど。その状態を観察して記録したのが「ニセ科学批判まとめ%作成中」(たかぎFさん)。


 ・タイトルの「ニセ科学批判まとめ」とは、「マイナスイオン批判」「水伝批判」「血液型性格診断批判」……いちいち例示列挙していたらとんでもなく面倒くさい。いっそ「*批判まとめ」と正規表現(?)したくなるのだけど、「*」だと何にでもマッチするから「ニセ科学」と入れた。つまり、「ニセ科学批判」といったときの「ニセ科学」とは、ジャンルに制限をかけた一種のワイルドカードみたいなもの。

 結論としては

結局「ニセ科学批判」という括りが誤解の元なのではないか。批判する側の人に変な枠をはめ、議論や考察の対象としての「ニセ科学批判」があり得るという方向に、批判批判をしたい人をミスリーディングする結果になっている。(中略)「ニセ科学批判」という単語そのものが、個別のものとマッチさせる前のただのワイルドカードだということを、批判する側も批判批判をする側も忘れてしまい、双方が実体のないものをあると勘違いしているから混乱しているのではないだろうか。

 あるのは個別のニセ科学に対する「対策」であって、それを一括りした「ニセ科学批判」なる言葉は一対一で対応する実体を持たない、という主張のようです。ちなみにワイルドカードとは、要するにトップ抜けできなかったチームが勝率等でプレーオフに出場できる権利(言葉で説明すると難しいなぁ)トランプのオールマイティのことで、転じて「検索する際にどんなパターンにもマッチする特殊文字」のことを指します。早い話が「*」「?」です。

批判ではできない対策

 apjさんのエントリーがそも、ニセ科学批判批判に対応する形で書かれているので当然と言えば当然なのですが。まとめに批判と言う言葉を避け、かつ積極的にその言葉を批判されている(「ニセ科学批判」という括り方に乗っかったのは批判側の戦術ミスだろう。とまで仰っておいでです)背景には、いわゆる批判偶数組に対する対策がある様にお見受けします。実際、私が見聞きした範囲でも個別の活動に触れず「ニセ科学批判は〜」「とかくニセ科学批判者は」と一括した議論が多く存在しましたし、「批判するなら」「批判できるのか」という感情的な反応も多くありました。それらの議論のほとんど全てが、ニセ科学そのものにかんしては決して肯定的でない事を鑑みるに、「ニセ科学批判」という言葉が無用な軋轢を生んでいる事は実にありそうな事です。
 もう一つ、字義的な問題もありますね。春巻きたべた 様のコチラのエントリーのコメント欄に、興味深い指摘がありました。

TETOS
ニセ科学批判者…。なんか、腹痛が痛いみたいなこと言ってて不思議です。
(中略)
harutabe
まあそれも痛いところを突いていて、誰だってニセ科学ニセ科学と信じたりはしないわけだし、世の中には詐欺師がいっぱいいて油断したら即10万円の羽毛布団を売りつけられて泣き寝入りなことも知ってるわけだから、血液型なりゲーム脳といった個々のニセ科学を支持する人は居ても、もし抽象的な「ニセ科学」という概念を仮定したらばそんなものを進んで(ニセ科学をニセと知りつつ)信じる人は誰一人居ないはずで、つまり誰もがニセ科学否定派に決まってるわけで、その上であえて「ニセ科学批判者」というカテゴライズを行うのであれば、それは暗黙に「普通人に比較してより積極的に」ニセ科学を批判する人、という言外の強調を含むわけだから、じゃあなんでそこをわざわざ強調したの?って話ですよね。

 「ニセ科学」と言う言葉には、一種のラベリング、というかセンセーショナルに問題を際立たせる意味合いも込められていると思うんですが、このコメントはそれが成功している事を暗示すると共に、批判者という言葉の空疎さも浮き彫りにしています。言われてみれば、ごもっとも、ですね。
 apjさんが仰るように、批判はあくまで対策の一つに過ぎません。嘘を暴く、もしくは際立たせる為に批判は大変に有効な手段ではありますし、こんな事を言っては何ですが、批判に相応しいニセ科学も多いです。予防接種忌避とか。ただ、目的が批判ではなく対策にあるのは、私にとっては自明でもあります。
 見方を変えるなら。
 右にある、私のはてなアンテナみつどんのアンテナ」には[ニセ科学対策]というグループが用意されています。現時点で43のサイトが登録されていますが、全てがニセ科学の批判サイトと言う訳ではありません。少なくともそれを基準に選んだ訳ではありません。ニセ科学の蔓延を防止する際に有効である、と言う一点のみを基準として選別しています*2
 何が言いたいかというと。正しい科学知識や情報リテラシーを知る事ができるなら、それはそれでニセ科学の蔓延を防げるのに有益、むしろとても有効だと言う事です。これは批判活動とはまた違ったカテゴリーの活動で、実際多くの方は批判と共に啓蒙も――批判的な啓蒙活動とは別に――行っています。
 批判者と一括されると、こぼれ落ちるモノが多いのではないか。そう私は(も)考えます。

とはいっても

 さて。目敏い方ならお気づきでしょうが、私は上記のapjさんのワイルドカードのエントリーを読んで以来、ニセ科学批判と言う言葉はできる限り避けてきました。タグも「ニセ科学対策」と変えています。ブックマークの方も。
 これは、ひとえに批判以外の「対策」にスポットを当てる意味合いと、自分の活動、したい事が、よりよく表現されていると考えるからです。
 私は、別に偉ぶりたい訳でも*3知識をひけらかしたい訳でも*4誰かを思い切り罵倒したい訳でも*5ありません。そんな事はどうでもよろしい。ただ、ニセ科学が蔓延して欲しくない、そう思っているだけです。
 だから、対策できるならそれで十分です。批判という方法に拘るつもりもありません。(実際、あんま批判してないし。や、そうでもないか?)
 

 とはいえ。
 とはいえ、だから、さぁ皆様、これからはニセ科学批判という言葉は止めてニセ科学対策と呼びましょう! とは言えないんですよね。次回はその辺りについて取り上げようと思います。
 書きました次回→ニセ科学を批判し、対策する。

*1:ちょっとプライベートで多忙でして……。全然関係ないですが、A列車DSはチュートリアル青葉区3マップをようやっとクリアしました。逆転検事もバッチリ予約してます。今から楽しみです。いや、全然関係ないですよ?

*2:結構適当なので、漏れ・誤配置もあるかも。と言い訳しておく

*3:大体偉くない

*4:そもそもそんなに知識はない

*5:少なくともニセ科学関連に関しては。歴史修正主義レイシズムは結構罵倒したいかも。好き嫌いの問題で。